仮の地位を定める仮処分について

弁護士 工藤 大基


仮の地位を定める仮処分

 民事紛争の最終的な解決手段は,裁判所に裁判を提起して,勝訴判決を獲得し,判決に基づいて権利の実現を図る,というものです。
しかし,裁判手続は,任意の話合いに比べると,どうしても解決までに時間がかかります。そのため,紛争に巻き込まれた方の中には,裁判が終わるのを待っていられないと考え,裁判手続を断念し,不本意ながら相手方に大幅に譲歩したり,そもそも相手方と争うこと自体を避けて泣き寝入りしたりする方もおられます。権利を侵害されているのに,裁判に時間がかかるとの理由から,さらに理不尽な対応を迫られるとなれば,司法そのものに対する信頼も失われかねません。
そこで,法は,このような不合理な事態を解消するため,勝訴の見込みがあり,一定の緊急性が認められる事案においては,裁判手続が終わるまでの間,裁判所が暫定的な権利関係を設定して,仮の権利の実現を図る「仮の地位を定める仮処分」という手続(保全手続の一種)を設けています。
裁判手続に比べると,一般にはあまりなじみのない手続と思われますので,今回は,この「仮の地位を定める仮処分」という手続について,実際の相談例をもとに,どのような形で審理が進むのか,どういった事例で活用できるのか,などについてご説明したいと思います。

依頼者からの相談(取引先からの一方的な商品供給の停止)

小売店を営む依頼者は,あるメーカー(A社)との間で,特定の商品を継続的に供給してもらうという販売店契約を締結し,長年にわたって取引を継続してきました。依頼者の売上の大部分は,A社からの仕入商品の販売によるものでした。
ところが,ある日,A社担当者から,「来月末で販売店契約を解除し,商品の出荷を全てストップさせてもらう」との一方的な通知を受けました。
依頼者は,突如の契約解除通告に驚き,担当者に契約解除の理由や根拠を尋ねましたが,担当者からは曖昧な説明しかなされず,その後も話し合いを要請しても全く取り合ってもらえませんでした。
A社からの商品供給が停止されることになれば,依頼者は,たちまち経営破綻に陥ってしまいます。そこで,慌てて当事務所に相談に来られたものでした。

仮の地位を定める仮処分の申立

当職らは,依頼者から,契約書類等の資料を見せてもらいながら,従前の取引経過など,詳しい事情をお聞きしました。本件の争点は,まさに,A社による契約解除が有効かどうか,という点にありました。
事情をお聞きした限りでは,今回のA社の対応は,あまりにも唐突かつ一方的なもので,何より法的根拠・契約上の根拠が不明でした。そして,従前の取引経過や契約内容からすれば,A社の対応を法的に正当化するのは難しいように思われました。
そこで,当職らは,依頼者とも協議し,事案の緊急性も考慮した結果,任意の交渉や裁判提起という方法ではなく,「A社から継続的に商品の供給を受ける契約上の地位を有することを仮に定める」との仮の地位を定める仮処分を申し立てることにしました。
仮処分申立の方針が決まると,さっそく申立書の起案にとりかかり,依頼者にも関係資料の収集を依頼し,相談を受けてから数日後に,裁判所に仮処分申立書を提出することができました。

仮処分手続の審理

申立書を提出すると,すぐに裁判所から連絡があり,申立の翌日には,裁判所で裁判官と面談することになりました。
面談は,裁判官から,いくつかの事項(申立書の内容,従前の具体的経過,背景事情,関係資料の有無等)について口頭で質問があり,それに当職らが回答・説明する形で進んでいきました。裁判官は,申立書類の内容を確認し,時折頷きながら説明を聞いていましたが,一通り説明を聞き終えると,「申立の内容に一応の理由が認められますので,1週間後にA社も呼び出し,当事者双方から話を聞く審尋期日を設定したいと思います」と述べられました。
その後,裁判所からA社にも呼出状が送付され,翌週の第1回審尋期日からA社の担当者が出席し,その2週間後に第2回審尋期日も設けられ,A社側から反論書面も提出されました。
ただ,A社側から契約解除の正当性を裏付けるような具体的主張や証拠の提出はなく,双方の主張が真っ向から対立したまま話合いによる解決も期待できなかったことから,あとは裁判所の判断を待つ形となりました。

仮処分の発令

審尋期日終了の数日後,裁判官から当事務所に連絡があり,「双方からの審尋結果を踏まえて,一定の担保金を積むことを条件に,申立書のとおりの内容で,仮処分決定を発令したいと思います」とのことでした。
裁判所は,現時点では,A社の主張には理由がないと判断したわけです。当職らは,すぐに依頼者に状況を説明し,裁判官から伝えられた金額を準備してもらい,担保金を納付しました。
担保金納付後すぐに,裁判所から「A社から継続的に商品の供給を受ける契約上の地位を有することを仮に定める」との仮処分決定が発令されました。
裁判手続の場合,訴状提出から第1回期日までに1ヶ月半ほどかかり,その後も1ヶ月間隔で裁判期日が設定されて複数回にわたって主張反論が行われるのが通常です。本件においては,約1ヶ月で裁判所から仮処分決定の発令まで受けられましたので,裁判手続に比べて極めて迅速に審理が進められたといえます。
ちなみに,裁判所から仮処分決定をもらう際には,通常,一定の担保金を積む必要があります。担保金の金額は,権利の重要性や疎明の程度によって異なりますが,通常は裁判が終わった段階で納付した側に戻してもらえます。

仮処分決定発令後

A社は,裁判所から仮処分決定が発令されたことで,契約解除に基づく商品の供給停止措置をとれなくなり,従前どおり,依頼者に対し,商品を出荷するようになりました。依頼者は主力商品の供給停止による経営破綻を免れたのです。
仮処分決定の効力は,基本的には,本案の裁判手続が終わるまでですが,本件では,A社側も裁判紛争を望まなかったことから,結局,本裁判手続の提起にまで至りませんでした。
その結果,数年たった現在も,依頼者は,裁判所から発令された仮処分決定に基づいて,A社から商品の供給を受けるに至っています。
本件の場合,仮処分手続によって,事実上,本裁判で勝訴したのと同様の目的を達成することができたわけであり,仮処分手続を有効に活用し,迅速かつ適切に権利救済を図ることができた事案といえるかもしれません。

最後に

今回は,取引先からの商品供給の停止を受けた場合の事例を元にご説明しましたが,仮の地位を定める仮処分手続はほかにも様々な場面で活用することができます。
例えば,取締役の解任や従業員の解雇を争う場合,違法建築や営業妨害行為の禁止を求める場合,帳簿書類などの資料の引渡しを求める場合,インターネットのホームページへの掲載禁止を求める場合,などがよく挙げられます。
ただ,他にも権利関係に争いがあり,緊急性を要する事案であれば,ほとんどの事例で,仮処分手続の対象とすることが可能です。
もしも,このコラムを読まれている方が,緊急性の高い紛争に巻き込まれた場合には,本件のように仮処分手続によって迅速かつ適切に解決できる場合もありますし,その他にも事案に応じた様々な解決策をご提案できますので,最初から諦めず,まずは当事務所までご相談ください。

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